退職者が同業他社への就職や独立によりライバルとなり、会社の利益が損なわれるケースがあります。そうした事態を防ぐのが「競業避止義務」です。
就業規則や個別の合意により、退職後も競業避止義務を課すことが可能です。違反者に対しては、損害賠償請求などの対応が考えられます。
もっとも、あらゆる行動を制限できるわけではありません。法律上有効な範囲で取り決め、退職者に守らせる必要があります。
今回は、退職後の競業避止義務について、意味や有効範囲、会社ができることを解説しています。退職者による競業行為を防ぎたい、あるいは既に会社に損害が出ているなどでお悩みの会社経営者や人事労務担当者の方は、ぜひ最後までお読みください。
競業避止義務とは、労働者が使用者と競合する事業を行わない義務をいいます。同業他社に就職する、独立して競合する事業を営むといった行為が、競業避止義務との関係で問題となります。
競業避止義務が必要とされるのは、会社の利益を損なわないためです。
たとえば、従業員が勤務先の近くで会社と同じ事業を始めると、顧客を奪われる、ノウハウを利用される、営業秘密が漏えいするといった事態が生じ得ます。競業避止義務を課すことで、会社に不利益が生じるのを未然に防止できます。
退職する前(在職中)の労働者に関しては、競業避止義務が当然に存在します。根拠は、信義誠実の原則です(労働契約法3条4項)。
したがって在職中においては、就業規則や個別の合意に記載されている場合だけでなく、特別な取り決めがなくても労働者の競業避止義務が認められます。違反した場合には、状況によって損害賠償請求、就業規則に基づく懲戒処分、退職金の減額・不支給などの対応が可能です。
退職後に競業避止義務を負わせるには、根拠規定が不可欠とされます。競業避止義務は、退職者の職業選択の自由(憲法22条1項)を制約するためです。
したがって、就業規則や個々の合意によって義務内容を定めておく必要があります。在職中と異なり、退職後の競業避止義務は自動的には認められません。
就業規則については、以下の記事をお読みください。
参考記事:就業規則とは?効力や記載事項、作成・変更方法を弁護士が解説
定めがあればいいとはいえ、あらゆる制約を課すことができるわけではありません。職業選択の自由との兼ね合いで、合理性が認められる必要があります。
退職後の競業避止義務の有効性を判断する基準としては、以下が挙げられます(参考:競業避止義務契約の有効性について|経済産業省)。
保護に値する企業の利益に限って、競業避止義務による規制が正当化されます。
たとえば、営業秘密や独自のノウハウなどを保護する目的であれば、規制が認められやすいです。反対に、一般的な人脈や交渉術などは、保護の対象とはされません。
当該従業員の地位や業務内容も、有効性に影響を与えます。
地位が高い、あるいは地位が低くても業務上営業秘密を取り扱っているなど、競業行為をすれば会社の利益を害するリスクが高い従業員については、競業避止義務が認められやすい傾向にあります。
競業を禁じる地域が不当に広い場合には、無効となりやすいです。
たとえば、東京都新宿区だけで事業を営んでいる会社が、全国で競業を禁じるのは認められません。もっとも、全国で事業展開している会社であれば、地域制限なく義務を課すことも可能です。
競業禁止期間が長すぎると、無効と判断されます。
ケースによって妥当な期間は異なり、一律に「〇年以上であれば無効」といった判断はされません。ただ、一般的には1年以内であれば有効と認められやすく、2年を超えると無効とされやすい傾向にあります。
禁止する行為の範囲が広すぎる場合にも無効です。
同業他社への就職を一律に禁じるのは、職業選択の自由を過度に制約するものといえます。業務内容や職種を限定して禁止事項を定めた方が有効と判断されやすいです。
退職者の行動を制限する以上、それに見合った対価を与えなければなりません。
代償措置としては、相応の退職金を支払うほか、在職中に高額の賃金を支払っていたことなどが挙げられます。義務だけ課して労働者に十分な対価がないと、無効とされてしまいます。
競業避止義務に違反した退職者に対しては、損害賠償請求が可能です。
ただし、請求できるのは競業行為と因果関係が認められる損害に限られます。被った損害を、証拠から証明しなければなりません。
退職金の不支給・減額や返還請求ができる場合もあります。
認められるためには、就業規則などで不支給・減額・返還請求ができる旨の根拠規定が不可欠です。加えて、過去の功労を抹消・減殺するほどの重大な背信行為であることが求められます。
競業行為の差止請求も可能です。
差止請求が認められるには、法的に有効な競業避止義務の定めが存在するだけでなく、営業利益の侵害が既に発生している、あるいは発生する具体的なおそれがあると認められる必要があります。
まずは、入社時や在職中の段階で競業避止義務について確認しておくのが重要です。早くから意識を植えつける意味があるとともに、退職時には合意をとりつけられないリスクがあるためです。
具体的には、入社時や重要なプロジェクト参加時に退職後の競業避止義務について記載した書面を作成する、就業規則上のルールを周知徹底するといった方法があります。
退職時に関係がぎくしゃくしていると、合意をとりつけられる保証はありません。事前に理解させておくのがポイントです。
退職時には、誓約書などで合意をとりつけましょう。
前述の通り、就業規則でも退職後の競業避止義務を定めることは可能です。しかし、確実に理解してもらうとともに個々の事情に応じた義務を定めるには、個別に同意してもらうのが望ましいです。
義務を定める際には、法律上有効となるようにしてください。
いくら合意をとりつけても、後から法律上無効とされては意味がありません。あまりに広範な制限を課せば、退職者からの反発も想定されます。前述した判断基準をもとに、個々の事情に応じたルールを作成しましょう。
ここまで、退職後の競業避止義務について、意味や有効範囲、会社ができることなどを解説してきました。
就業規則や個別の合意に記載していれば、退職後も競業避止義務を課すことができます。違反した退職者に対しては、損害賠償請求などの対応が可能です。ただし、法律上有効な定めでなければなりません。会社の利益を守りたいとしても、過度な制限を課さないようにしましょう。
退職後の競業避止義務についてお悩みの方は、弁護士法人ダーウィン法律事務所までご相談ください。
当事務所は、会社の経営者や人事担当者の皆様の味方です。ご相談いただければ、義務範囲の法的有効性の判断や、妥当な規定の作成についてアドバイスが可能です。もちろん、既に退職者が競業行為をしている際には、被害の予防・回復のために迅速に対応いたします。
「退職者に競業避止義務を課したい」「競業行為により損害が生じている」などとお悩みの方は、お気軽に弁護士法人ダーウィン法律事務所までお問い合わせください。